ブロードウェイを席巻する謎の言葉『H2$』とは?
“HOW”の「H」、“TO”が「2」、「$」は“SUCCEED”の頭文字“S”と“SUCCEED IN BUSINESS”の象徴であるドルを掛けたもの。すなわち『HOW TO SUCCEED IN BUSINESS WITHOUT REALLY TRYING』。ロゴの色は「H」がピンクで「2」が白、「$」は黄だが背景の緑が紙幣のイメージだろう。
3月 8日にプレヴュー開始、同 23日にオープンしたばかりのリヴァイヴァル・ミュージカル。
1961年の初演は 1,417回上演の大ヒット。劇場は当時46丁目(46TH STREET)劇場という名だった、このリチャード・ロジャース劇場。フランク・レッサー Frank Loesser(作曲・作詞)最後の作品で、脚本エイブ・バローズ Abe Burrowsとのコンビは『ガイズ・アンド・ドールズ GUYS AND DOLLS』と同じだ。
窓拭きの青年が、作品タイトルと同名のハウ・トゥ本に則って大会社に入社、トントン拍子に出世してついには社長になってしまう、という、 60年代前半ならではのサラリーマン無責任男ミュージカルだが、これが不景気風吹き抜ける 90年代半ばのニューヨークに見事によみがえった。しかも、 90年代半ばならではの装いを凝らして。
幕の代わりに舞台前に下りているのは、ビルの壁面を思わせる幾何学的デザインの(実は半透明の)ボード。序曲が始まると、そのボードの窓に当たる部分の色が様々に変わり始める。
序曲後ボードが上がると、舞台奥にも同様のデザインのセットがある。そのセットの中央寄りの部分は上から下まで全て窓になっていて、その向こうに摩天楼を思わせる外景が見える。ちょうど、舞台上が高層ビルの上層階にあるオフィスの中、という印象になるわけだ。
窓部分の左右は両サイドとも、窓状に区切られたところを光が上下動することでエレヴェータに見えるようになっていて、一番下には乗降口があり、実際に開閉する。そのエレヴェータ(部分の光)が一斉に下降を始めると、驚いたことに中央部分の窓の景色が同調して下がって(相対的には上がって?)いき、ついには 1階に到着。舞台上はビルのエントランス・ロビーになり、窓の外には前庭の水が出ている噴水が見える。そして、いきなりビルの外に雨が降り始める。
この楽しくも驚くべき窓の外の景色はコンピュータ・グラフィックス(CG)で作られていて、この後、窓景という枠を超えてさらに大胆な動きを見せる場面もある(注:ヒロインの夢がアニメーションとして現れる)。あるいは外景の摩天楼の上空を、よく観ると雲だけがゆっくり流れている、という細かい芸を見せたりもする。
が、何より感嘆するのは、このCG(実際には CGを収めたヴィデオか)と、照明、装置、音楽、キャストの、ドンピシャとしか言いようのない同調ぶりだ。
それも、演出デス・マカナフ Des McAnuff、振付ウェイン・シレント Wayne Cilento のトニー賞コンビをはじめとする『トミー TOMMY』のスタッフが作った、と聞けばうなずける。大がかりな装置(ジョン・アーノン John Arnone)、ヴィデオ(バットウィン+ロビン・プロダクションズ Batwin+Robin Productions, Inc.)、精妙な照明、キャストの複雑な動き、等々を見事にコントロールしてみせた『トミー』のスタッフにしてみれば、今回の舞台づくりは、“努力しないで”とは言わないものの、ほんの一歩踏み出すぐらいの感じだったのではないだろうか。
デス・マカナフの演出は、出入りの激しい舞台を澱みなく鮮やかにさばいていく。舞台転換はミュージカル演出の見せ場の一つだが、この作品の大胆かつ繊細な舞台転換は、それがやって来るのを心待ちにしてしまうほど楽しい。
そしてウェイン・シレントの振付は、『トミー』を上回る切れのよさを見せる。
大きな見せ場は 4つ。オフィスのコーヒー・ブレイクの時間にコーヒーがなくて仕事をサボれないと嘆く神経症的な「Coffee Break」、女性蔑視&セクシャルハラスメントに秘書たちがセクシャルに抗議する「A Secretary is Not a Toy」、TVのクイズ番組のオープニング・ショウ「The Pirate Dance」、そして大詰め、副社長にまで昇りつめたもののライヴァルの策略で絶体絶命の窮地に追い込まれた主人公が会社首脳陣を情緒的に説得する、あきれるほどに楽天的かつ笑っちゃうほどに感動的な「Brotherhood of Man」。
特に「Brotherhood of Man」は、同じ作者による『ガイズ・アンド・ドールズ』の「Sit Down,You're Rockin' the Boat」に似たナンバーで、ここでもショウストッパーになる。次第に盛り上がっていくゴスペル調の歌(社長秘書役リリアス・ホワイト Lilias White の圧倒的熱唱)に乗って踊り始めるダークスーツの男たちの神がかり的ダンスは、コミカルさと力強さが見事に合わさってワクワクさせられる。
マシュー・ブロデリック Matthew Broderick 演じる主人公は、彼が映画『フェリスはある朝突然に FERRIS BUELLER'S DAY OFF』で演じた、イノセントでちゃっかりしたキャラクターに近く、不思議な魅力がある。ミュージカル初出演だが、歌も踊りも破綻はない(どちらも特にうまいわけではないが)。
他のキャストも、誇張、類型化されたキャラクターをコミカルに演じきっている。中でも、社長の甥で出世欲は強いが無能のマザコン男バドを演じるジェフ・ブラメンクランツ Jeff Blumenkrantz の怪演が光った。