パスポート紛失事件
〜僕はこうして [ゲキもは] 者になった〜
初めてロンドンに行ったのは 1992年の正月だった。同行者は高校の演劇部の後輩。彼は 3年ほどロンドンで働いていた。そのため、実に有能なガイド兼通訳として、僕をアテンドしてくれた(こういう友人と外国に行くととても助かりますよ、NANAさん)。
ミュージカルも観光も堪能して、さあいよいよ帰国。ヒースロー空港へ向かう途中、乗った地下鉄が途中の駅止まりだったので一旦降り、しばらくホームで待って空港行きに乗り換えた。その電車が走り出したとき、友人が叫んだ。
「しまった!バッグを置き忘れた」
あわてて引き返したが、バッグを置いたはずのベンチには何もない。そのバッグの中には、友人のパスポートと 2人分のエアチケットが。
駅員に車庫に入った車両も調べてもらったが、そんな紛失物はないと言う。
青ざめた顔で必死になっている友人を横目に、僕が思ったことは、「これでもう 2、 3日ロンドンにいられる。会社にも言い訳できる」。
そんなとき、「ラッキー!」と心の中で叫んでしまうのは僕だけだろうか。
とりあえず、航空会社に電話して今日の便に搭乗できない旨を伝え、それまで宿泊したホテルに戻ってねぐらを確保した。そして、友人が警察に紛失証明書をもらいに行っている間に僕がしたことといえば、劇場にチケットを買いに行くことだった。
ニューヨークで観ていたので、ロンドンではもういいやとはずした『キャッツ CATS』を観ることにしたのだ。
ニューロンドン劇場はニューヨークのウインターガーデン劇場とは違い、舞台が客席と一緒に回転するように改造されていた。そして、何よりも観客の『キャッツ』への愛が感じられ、舞台と客席が一体になった楽しいミュージカルだった。やはりミュージカルは、生まれ故郷で観るべきものなのか。
ところで帰国問題はというと、翌朝、日本総領事館で簡易(帰国専用)のパスポートを発行してもらい、 1泊しただけであっさり日本に帰ることができた。紛失証明書を即発行する職務に忠実なロンドンの警察と、ガイド兼通訳だけでなくトラブル処理も見事にこなした友人を、つい恨めしく思ってしまった。
そんなとき、「アンラッキー!」と心の中でつぶやいてしまうのは僕だけだろうか。
あのとき、パスポートをなくしたのが自分だったら、劇場に行っただろうかと思う。きっと行かなかったはずだ。今なら、間違いなく行くだろうが。
不運で幸運な出来事のおかげでミュージカルを 1本余分に観ることができた僕は、ますますミュージカルの魅力にとりつかれ、それから年に 1回以上、海外の劇場街への旅をする [ゲキもは] 者になった。