あれは、 95年の暮れのことでした。
機械の納入の仕事でニューヨークに滞在していた私は、毎日、馬車ウマのように朝から夜中まで働き続けていました。しかし、クリスマスに続いて、大晦日と元旦は、いかにアメリカでも工場が閉まるので、休めることになりました。
「休みはどうするのですか」と声をかけてくださったのは、顧客である会社の社員として日本から出向しているYさんでした。アメリカに不慣れだろうと思って心配してくださったのでしょう。
クリスマス・イヴに『クレイジー・フォー・ユー CRAZY FOR YOU』を観て、すっかりミュージカルの虜になっていたわたしは、「マンハッタンまで出て、ミュージカルを見ようと思うのです」と答えました。
Yさんは、「それならいっしょに行きましょう」と、チケットの手配も申し出てくださいました。相談の結果、『レ・ミゼラブル LES MISERABLES』を見ることに決めて、大晦日を心待ちにしていました。
ところが、 30日の夜にトラブルが発生。工場に詰めていた私は、機械を直せないまま、 31日の朝方になって事務所に帰ってきました。
急を知って駆けつけたYさん、「今日は工場には入れないけれど、事務所からネット経由で装置にアクセスすればトラブル調査は出来るよね」と冷たいお言葉。たしかにその通りなので、コンピュータでネットにログイン、 2〜 3時間調べてたのですが、どうにも原因がわからない。「まずい、大晦日の特別料金で 80ドルもしたチケットがパーになってしまうのか……」と思っていると、突然ネットが落ちてしまいました。
その後何度トライしてもつながらず、「警手がケーブルにつまずいて、コネクタが外れちゃったのかな?」などと言っていると、Yさんも、「それじゃしょうがないですね。マンハッタンへ行きますか」と言ってくださいました。
「顔がほころんでますよ」とYさん。
「いや、ホントに残念です。もう少しで直りそうだったんですけれど」とわたし。
2人でうきうきと出掛けていきました。
グランドセントラルステーションから出ると、大晦日のマンハッタンは大変な人波。ほとんどの通りが車両通行止めになっていましたが、歩行者もアベニューの横断が規制されていて、目的のインペリアルシアターにたどり着くまで、かなり遠回りしなければなりませんでした。それでも、大晦日のためか午後 7時になっていた開演に無事間に合い、普段は買わないパンフレットまで買って、席に潜り込みました。
外の寒さと打って変わって、劇場の中はとても暖かです。席はオーケストラの一番後ろでした。
開演時間になり、コーラスが始まりました。
「なんか妙に単調な歌だな」そう思ったのもつかの間、フッと気がつくと、すでに幕間でした。いつのまにか気を失い、熟睡してしまっていたのです。
慌ててパンフレットを読んでストーリーを追い、第 2幕に備えました。そして、第 2幕が始まり……。
ハッと気がつくと、ジャン・バルジャンが亡くなるシーンでした。また眠ってしまったのです。
流れている歌が素晴らしいデュエットであることは、私にもわかりました。涙を流している人もいます。きっと、面白かったのだろうな。みんな立ち上がって拍手しています。わたしも、形だけ参加しました。
Yさんは、「あんなに楽しみにしていたのに。眠っちゃうんだもんな。疲れているんですね」と、慰めとも揶揄ともつかない言葉。
というわけで、『レ・ミゼラブル』は、まだ観ていないということにしています。